『男性』不妊

不妊と聞けば女性不妊をイメージするかもしれませんが、男性不妊もきわめて一般的な症状です。このブログでは男性の不妊についていろいろと紹介します。

論文紹介:コエンザイムQ10による「精子力」の向上

男性不妊治療の一環として、飲み薬が処方されることがあります。たとえば補中益気湯と呼ばれる漢方などです。といっても、これらの「精子力」向上のメカニズムは十分に解明されていないようで、医師からも効果があると言われているとしか説明を受けませんでした。

そこで他になにかないか調べていたところコエンザイムQ10に効果があるという情報を入手しました。ネットでは亜鉛などがよく話題にされていますが、私が確認したところコエンザイムQ10の経口摂取のほうが科学的根拠があるようです。というのも、コエンザイムQ10を服用して「精子力」が向上したことを報告する論文がいくつもあったからです。ここで科学的根拠というのは統計的に有意であり、十分に因果関係が想定されると研究者が判断しているということです。

 

服用量や効果は実験によって異なりますのでいくつか紹介したいと思います。

たとえばBalercia(2009)によると、1日200mgの摂取(1回100mgで1日2回)を続けると、6カ月後、9カ月後に運動率・前進運動率とも有意に向上したことが確認されたようです(p値は0.001~2程度)。実験対象は不妊に悩んでいる男性で平均年齢は32歳です。

またAlahmar(2019)によると3カ月間毎日200mgの摂取したグループと400mgの摂取したグループ(それぞれ1日1回摂取)を、偽薬グループと比べたところ、両者とも精子濃度・運動率・前進運動率で有意な向上が見られたようです(p値は0.001~2程度)。しかも1日400mgの摂取のグループのほうが効果が大きかったようです。実験対象は1年以上不妊を経験している20~30代を中心とした男性です。400mg摂取グループのほうが3歳ほど平均年齢が高いです。

ちなみにAlahmarは共同研究(2021)もしており、そちらでも不妊を経験している男性に3カ月間毎日200mgの摂取させると、精子濃度・運動率・前進運動率で有意な向上が見られたと報告していますが、改善度としては2019の研究結果より控え目なものでした。

※p値とは統計的な有意性を計る指標の1つで、小さいほど有意であることを示しています。p値が高い(一般的に0.05以上)の場合には、たまたま高い数値が出たという可能性が十分に排除できません。精子の状態はかなり不安定であることは前回の記事でご紹介しました。両実験結果ともp値が0.001程度なので、測定の際に偶然調子がよい人ばかりであった、という可能性が極めて低いということになります。

このAlahmar(2019)の400mgというのはかなり多いです。たとえばDHCのコエンザイムQ10サプリは1日の摂取目安2錠で90mgしか含まれません。ですので、400mg接種するためには毎日9錠(405mg相当)も服用しなければなりません。そうすると、消費量が4倍以上になってしまいます。

コエンザイムQ10の取り過ぎによる健康上の被害については、一日の摂取が900mgまでなら安全であるという日本人研究者による研究結果がありますので参照してください。ただしオープンアクセスではありません。

www.sciencedirect.com

私は1回4錠を1日2回、つまり毎日8錠服用しています。アマゾンでDHCのコエンザイムをまとめ買いするのが最も安価でお得かと思います。1日8錠摂取だと、60日ぶん2袋のセット2500円程度でおよそ1か月分になります。ただし、コエンザイムはいわゆる酸化型と還元型の2種類が存在し、食品から酸化型を接種して体内で還元型に変換してから吸収されるようです。サプリメントのなかには即吸収可能な還元型のコエンザイムQ10を含有しているものもあります。金額は上がりますが、効率的に摂取・吸収するためには還元型であるubiquinoneを含んだサプリを選ぶとよいでしょう。DHCの安価なサプリメントは酸化型ですので、ご留意ください。

 

以下のリンクより、紹介した論文にアクセスできます。どれもオープンアクセスですので、PDFをダウンロードして本文(英文)を確認することができます。 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

doi.org

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

近年では論文紹介をしているサイトや動画も多いですが、一本の論文を引き合いに出して「科学的根拠がある」と喧伝するの危険です。現代科学においても再現性の問題があり、また専門家でない場合には、その先行研究との兼ね合い・位置づけがわかりにくいからです。極端な例だと、科学的根拠がないとする実験結果を報告する論文が他にいくつもあるかもしれません。

私は「精子力」向上の研究については素人ですので、以上の点を留意し、いくつかの論文を参照しました。オープンアクセスでない論文としては、他にもSafarinejad(2012, 2009)などが大規模な実験をしており、運動率や濃度がかなり向上したという結果を報告しています。2012年の研究では、摂取量は一日2回食後300mgずつ、計600mgで一年間です(400mgより更に多いですね...)。3か月ごとに精液検査をしていますが、摂取開始後半年経過したあたりから効果がはっきりと出始めており、ピークは摂取を止めたあと3か月後あたり、つまりコエンザイムQ10を摂取し始めてから15カ月後でした。また摂取期間終了後の一年間の追跡調査でも、効果がそれなりに持続していることが報告されています。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

逆にコエンザイムQ10による効果はなかったとする研究は1つくらいでした。以上から、コエンザイムQ10の経口摂取によって「精子力」が向上するというのは十分な科学的根拠があると言えるでしょう。

精液検査の信頼性について

精液検査は一度の費用が5,000円程度です。これは医療機関に持ち込んだ際の費用で、自宅でキットを用いてデータを送る場合はもう少し安く抑えられるかもしれません。

とはいえ決して安いとは言えませんので、精液検査を何度もやるというのは憚られます。それに採血室ならぬ採精室で精液を専用の容器に収めるというのも、なかなか面倒なものです。

しかし、一度の精液検査の記録というのはかなりあてにならないものです。というのは、精液の状態というのはとても不安定だからです。以下の図をご覧ください。1ー5まで番号が振られている5人の被験者の精子の状態(左が精子数、右が濃度)の変遷です。個人間の差異はもちろんですが、同一個人でも時期によってかなり上下しているのがわかります。

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個人における精子の状態差(ソース:WHO資料)

WHO laboratory manual for the Examination and processing of human semen第5版(2010年)9ページの図2.1より引用。当該資料は無料で公開されています。

www.who.int

一回の精液検査では、その日の状態がとても良いのか、それともとても悪いのか、あるいは平均値・中央値・最頻値に近いのか、全くわかりません。WHOが引用する研究によれば2-3回は検査をするとよいとあります。

私も過去に4度精液検査を試しましたが、最大で精子濃度では20*100万/ml、運動率では10%ほどの差がありました。上図の1-4の「精子力」が高い被験者と比べれば些末な差のようですが、私の精子濃度の場合、最低が26*100万/ml、最高が48*100万/mlですので、倍程度違うということになります。

これは対策によってどんどん良くなったというよりかは回によってばらつきがあるという感じでした。前者ならよかったのですが――ただ(私に関してですが)精液量については比較的安定していました。精液量は当然、禁欲日数に依りますが、同じ禁欲日数に保っていれば同程度の精液量が見込めるかもしれません。

 

男性不妊のタイプ

男性不妊についての認知が進み、インターネットで調べればある程度のことはすぐわかる時代になりました。本ブログでは他のブログでも散見されるような内容を極力避けるつもりですが、基本的な事項について簡単にご紹介します。

 

男性不妊を大きくわけると、

精子の状態がよくない

②射精できない

精子が(ほとんど)いない

以上の3通りになります。①は精子がいるし射精もできるが、精子の状態がよくないため受精に至らないパターンです。②は状態のよい精子がいたとしても射精障害により、膣内射精ができないパターンです。条件付きの射精障害など人それぞれです。③はそもそも精子が正常に作られない状態で、受精可能な精子が(ほとんど)見つからないパターンです。本記事ではもっとも一般的な①の「精子は一定数いるが状態が悪い」について詳しく説明します。

 

精子のパラメータのうち、妊孕にとって重要なのは量と質です。これは直感的にイメージできると思います。

 

まず、量ですが、当然精液が多ければそのぶん精子数も多い傾向にあります。当たり前ですよね。そして量だけは、医療機関で診てもらわなくとも射精すれば自分でおおよそ目視確認できる唯一のパラメータです。

私は精液量が比較的多いし、性欲もおそらく強いので、いわゆる「精子力」も強いと思っていました。といっても精液量や性欲について他人と比べる機会はなかったので絶対的な観点からですが――他に飲酒・喫煙の習慣もないので、精液所見もいいだろうという自信がありました。

しかしむしろ重要なのは濃度で、濃度が薄ければ精液量の割に精子数が少ないということはありえます。

 

(具体例)精液が5mlあっても、精子濃度は10*100万/mlの場合には、精子数は50*100万/mlにしかなりません。他方で、精液が2mlしかなくとも、精子濃度50*100万/mlあれば、精子数は100*100万/mlですから、さきほどの倍の精子が含まれていることになります。

 

私の場合も、精子濃度が26-48*100万/mlと低い数値が出ています。WHOの基準では、40*100万/ml以上というのが最低限の目安ですので、これより低いと注意が必要です。精子が欠乏しているということから『精子』と呼ばれます。

 

次に質です。これは主に運動率や奇形率を基準に判定されます。つまり、動いているか、正常な形か、ということです。さらにいえば動いていてもまっすぐ前に進めているか、ということも重要です。元気な精子でもぐるぐる周回していてはあまり意味がありません。

私の精子は運動率のほうも悪く、28-39%程度です。WHOの最低限の目安で40%ですから、私の場合乏精子症よりも、運動精子数が少ない『精子無力症』のほうが深刻だと言えます。

 

以上の二点からわかるように、受精に辿りつける可能性が十分にある精子というのはほんの一握りなのです。精液量があっても、精子がいないといけません。仮に精子がたくさんいても、運動していて、まっすぐ進んでいる個体が多くないといけません。しかも奇形率が高くてもいけません。こういった条件をクリアできる精子だけが、受精までたどり着ける可能性を持つ(スタートラインに立てる)のです。逆にこの条件をクリアできなれけば、予選落ちという感じでしょうか。私たちはこの予選を難なく通過し、そして本選において一位となることで生まれてきたわけです。

 

 

はじめに ―『男性』不妊とは―

不妊というと「女性が妊娠しにくい状態」という先入観があるかもしれません。だから敢えて『男性』不妊という言葉を使うようになっているわけですが、男性不妊も女性不妊と同等に、一般的に見られる問題です。

 

医者という言葉で男性の医師をイメージしてしまいがちだから、女医という言葉があるように(男医という言葉を見聞きしたことはありません)、「不妊=女性の問題」というところから、男性不妊という言葉が使われます(女性不妊という言葉も見聞きしません)。だから本ブログでも『男性』不妊という言葉を使わざるをえないという事情があります。

 

しかし不妊という言葉は本来ジェンダーニュートラルな表現であるべきだと思います。本ブログは不妊でお悩みの男性に役立つ情報を提供しつつ、不妊という言葉がジェンダーニュートラルに捉えられるような世の中へ近づく一助となることを目指しています。